■憧れの京都までの道のり
18歳の頃、観光で祇園にを訪れた時に、魂が震えるような衝撃を受け,「この地で料理を学びたい」と強く思ったのがきっかけです。
京都の街並みの風情であったり、守られてきた伝統が奏でる静寂さと趣き、京都でしか感じることのできない何もかもが心に響きました。
元々実家は神奈川のお寿司屋で、両親が共に働いていたこともあり、小学生の頃から料理することは自然なことでした。跡を継ぐという選択肢もあったんですが、まっさらな状態に身を置いて、いつかは自分のお店をやろうと思っていました。
そして19歳になると同時に、荷物をまとめ家を飛び出し、祇園の料理屋さんの門を叩いたんです。縁もなにもありませんし、どうしたらいいかもわかりませんでしたからもちろん直談判です。見事に出てきた大将に怒られ一蹴されましたね。やる気があれば、働くことができると思ってたんです。京都の街は信用の世界で成り立っており、お店からの紹介がないと修行には行けないんです。そこで初めて、己の考えの甘さを思い知り、京都は特別な世界ということを身をもって勉強させてもらいました。
それからは、京都への憧れを抱きながら、地元である神奈川に戻り料理人としての技術を磨いていきました。京都に行きたいという希望を口にしていると、紹介の機会に恵まれ、京都のホテルオークラの和食店「入舟」をはじめとした京料理のお店で経験を積みました。
自分でお店を持とうと決断したのは、料理長を経た32歳の時です。
たまたまインターネットで物件を見つけて、ここだと思い飛び込んでいきました。お金の心配もありましたが何とかすると。決めたらもう、猪突猛進です(笑)そうして思いが実り、念願の京都に「じき宮ざわ」がオープンすることとなりました。
■京都独特の文化と真摯に向き合う
京都には、今でも脈々とお茶の文化が受け継がれています。京都に来たばかりの頃は、何故お茶のお稽古が盛んに行われているのか解らなかったんです。お茶とは、何だろうと考えていました。料理の修行の中で携わるうちに、茶道の心得は全てに通じ、関わりが深いことが少しずつですがわかってきたんです。
茶の湯の文化が育んだもてなしとしつらいにまつわる美学は「茶懐石 柿傳」で勉強させていただきました。
料理人として歳月を重ねる度に、京都が守り受け継いできた「良きもの」を実感しています。こんなに勉強ができる恵まれた場所は、世界中探しても他には無いのではないでしょうか。
■実直に料理と向き合う中で
宮ざわのエピソード
実は、当初「じき宮ざわ」はカウンターの日本料理のお店ではなく、お茶と焼き胡麻豆腐が味わえる専門店を開こうと思っていたんです。京都の「入舟」で教わった焼き胡麻豆腐に魅了されて以来、この美味しさを少しでも多くの方に広めたいと思っていたんです。ただスペースの関係上、カウンターが最適という結論になりまして…。カウンターでお店をやるんだったら、料理をお出ししようと決めて今に至ります。
はじめは、お店を知って頂く術も無く、お客様が一人も居ない日もありました。けれど、来店して下さった方のブログがきっかけで、そこからひっきりなしに予約の電話が鳴り続けることになったんです。吃驚しましたが有難いことだなと、インターネットの影響の大きさを実感したできごとです。
二軒目となる「ごだん宮ざわ」を開く想定は全く無かったんですが、様々なご縁があり、安心して任せることのできる仲間がいてくれたことも大きかったです。開店を決意したのも信頼できる仲間がいたからです。建築が好きなので、デザインから設計に至るまで自分で考え、自分が好きだと思うものを随所に散りばめています。物件を見つけて三か月後にはオープンを迎えられたのも、大工さんの協力があったからです。
そうして京都の地でお店を始めてから、皆様のおかげ様で10年が経ちました。店が建った時は本当にもう死んでもいいと思いましたね。それぐらい、嬉しくて、感無量でした。そこから年一年積み重ねていって…今は本当に死ななくて、よかったなって思っています(笑)今までと同じく、常に自分自身を鑑みて、普段からの所作に心を配っていきたいです。これからもお客様に美味しく楽しい時間をお届けしてまいります。